長崎市 ピースパワースポット巡り!松山町、相生町、界隈を散策!【平和公園】⇒【浦上天主堂】⇒【如己堂】⇒【グラバー園】へ!

【平和公園】⇒【浦上天主堂】⇒【如己堂】⇒【グラバー園】散策!

 

3ヵ月ぐらい前に両親と散策してきました。

まだこの頃は多少元気だったのですが…。

やはり、坂がきつくはありました。

だんだんと弱りつつあったのかも

しれません…。

言い訳はさておき、本題に!

長崎市を観光する際、いいことは?

というと…一日で大概の区域を頑張れば

回れるというところです。

とにかく長崎市はゴミゴミとしていて狭い…。

 

woman wearing maroon sweater standing on veranda using camera while smiling overlooking houses and buildings

 

だから路面電車か最近はバスも

1日フリーパスがありますので、

簡単に安く回ることができます。

観光客の皆様は泊まったホテルなどで、

前売りの入場券などある場合も

ありますので、有料施設はフロントで

確認されるといいかもしれません。

グラバー園なんかは若干安いです。

何十円かですがお得感を味わいたい方は、

ホテルフロントで聞かれるのも

いいかと思いますよ!

 

person pulling travel luggage

 

では早速【平和公園】へ!

 

大昔、父がまだとっても若かったころ、

長崎へ来て、初めて住んだ場所が

この平和公園のすぐ近くだったそうです。

もう年なので、なんだか昔住んでいた

ところを訪れたい気持ちでいっぱいの

ようでしたので、訪れてみることに

しました。

しかし、普段は父と二人で出かけるの事が

多いのですが、+ 母となるとこれが意外と

厄介でございまして…。目配りが2名と

なると結構疲れます。

来年2人は金婚式なのですが、

なんでまたというぐらいソリがあいません。

まぁ呆れるぐらい天然でわがままな母が

8割悪く、無関心な父が2割悪いところも

あります…。こんななか巡るのは…

大変疲れます。

 

img_9012

 

いつみても平和記念像は素晴らしい!

 

私、実は…銅像や仏像などが好きなんです…。

説明しがたいのですがなんだか好きで…。

特にこの平和記念像は好きな銅像のう、ちの

一つでございます。

 

右手は天を差し ⇒ 過去の長崎原爆の脅威

左手は水平に伸ばし ⇒ 平和な長崎の未来を示す

目を閉じているのは? ⇒ 戦争犠牲者の冥福を祈っている

 

足やスカーフ、座っている土台なども

【平和記念像】はいろんな意味を記して

いるのですが…

意味以上に銅像そのものを見た時に何とも

言えない感情が溢れてきます。

そこがわたしは好きなのかもしれません…。

※以下リンクは平和公園のガイドとなります。

参照ください。

 https://www.nagasaki-tabinet.com/s/guide/130/

img_9011

 

我が父の極度なコミュニケーション能力の恐ろしさ…。

 

平和公園のすぐそばにワンちゃんも

遊べていい感じの庭付き一戸建てが売りに

でていました。

ここもいいなとふと思い、父に

「なんかよくない?」みたいなことを

言おうかと思っていたのですが…

バイク旅行中のグループの人々と

昔からの知り合いのように話していました。

父のコミュニケーション能力には

気味が悪い時があります。

何を話しているのか不明なのですが、

みんなでハッハッハ!と笑っているのです。

きっとくだらない内容かとは思いますが、

たった何分かで本当に恐ろしいと

思いました。

あとでタモリさんのような口調で

「熊本から来たんだって…」と

歩きながらいっており、少し寒気がしました

(笑)気色が悪かったです。

 

four group of people smiling and laughing together

 

【浦上天主堂】へ!

 

新しく改築してから【浦上天主堂】

早いもので39年だとか…。早いですね…。

小さい頃に【ローマ法王】が長崎に

いらっしゃっいました。

その頃にどうも【浦上天主堂】は改築

されたような気がします。

img_9013

また2019年11月23日に(もうすぐですね…)

ローマ法王が長崎を訪問してくださるとか…。

今回は【フランシスコ】ローマ法王ですが、

前回は【ヨハネパウロ2世】ローマ法王

でした。

img_9014

【フランシスコ】ローマ法王は南米発の

法王…大変な苦労をされた方です。

弱者救済をちゃんと実行されています。

本当に素晴らしいお方です。

もう御年82歳だとか…あまりご無理を

なさらないようにしていただきたいです。

九州も寒くなってきたので、お身体

ご自愛くださいませでございますね…。

 

img_9018

しかし、生きている間に2人の

【ローマ法王】が長崎を訪れるなんて

すごいな…と感無量です。

そんな感傷にひたる娘をよそに…

両親は改築後は来たことがないらしく、

「○○さんの出産の際、近くの産科に来たはずだがない」

とか、

「○○さんのお店はこの辺だった」

とか、あーだーこーだと

img_9016

坂道というのにうるさいうるさい…

本当に元気です。私が一番体力もなければ、

元気もないなと思いました。

しかし、立派な教会です。

いつ来ても素敵で改めて感動いたしました。

img_9015

原爆によって破壊された聖人像

浦上天主堂を正面からみて左手に

ちょっとした庭がありますが、

そこには原爆によって破壊された

聖人の石像が並んでいます。

3体並んでいるのですが…

いかに原爆がひどいものだったのかが

わかる損害状況であります。

img_9019

 

昔、平和学習だったかな?

被爆前の原型の写真を見たような

気がするのですが、あまりの違いに

びっくりしたような…。右が聖セシリア像、

中央はイエスの聖心像とのこと。

左の像は頭部が破壊されているため、

わからないようです。原爆の悲惨さが

わかる石像かと思います。

※以下リンクは浦上天主堂のガイドと

なります。参照ください。

https://www.nagasaki-tabinet.com/s/junrei/122/

img_9017

如己堂へ!

【如己堂】は被爆者である【永井隆】博士が

晩年、お二人のお子さんとともに過ごした

小庵です。とても小さくかわいい作りと

なっています。

長崎医大教授で敬虔なカトリック教徒

だった【永井博士】は、爆心地からすぐ

近い、長崎大附属病院で被爆します。

頭部を負傷し重傷ではありましたが、

被爆者の救護活動をされていたとのこと。

凄いですね…。

翌日、帰宅されると自宅は全焼…。

真っ黒に焦げたロザリオのついた

遺体があり、最愛の緑夫人の亡骸で

あることを確信されます。

終戦後、【永井博士】は白血病を発症…。

病に侵された身体で、被爆者への救護活動や

原爆に関する医学的な研究を【永井博士】は

続けておられましたが、白血病が進行し、

倒れられてしまうのです。

img_9020

 

昭和23年(1948年)春に、

浦上の隣人の方々が【永井博士】のために

2畳一間の家を送られたのが【如己堂】

です。

【永井博士】は、家を建ててくれた人々の

愛ある心を忘れずに、生きていこうと、

聖書の中にある

「己の如く人を愛せよ」

という言葉からこの自宅を【如己堂】と

名づけられたとか…。とてもいいお話です。

【永井博士】は、昭和26年(1951年)

に永眠されます。それまで、二人のお子様と

ともに畳二畳で家で暮らされ、「長崎の鐘」

「この子を残して」など数多くの作品を

執筆されたとのこと。【永井博士】の

生きた証がこの小さな自宅に溢れている

ようでした。ぜひ皆さま長崎へ来られた際は

一度よられてみてください。素敵な不思議な

空間です。

※以下リンクは如己堂のガイドとなります。

参照ください。

https://www.nagasaki-tabinet.com/s/spot/127/

img_9021

グラバー園へ移動!

私が昔から好きな眺めが、

この「旧三菱第2ドックハウス」からの

眺めです。

大昔、長崎港で働いていた船員が

宿泊していた施設だとか…。

歴史を感じますね…。

長崎の港は鶴の港と昔から言われています。

「のびゆく長崎」という教科書で

小学4年生の時に郷土史や地形について

学習するのですが…現在、ほとんど海は

埋め立てられており、鶴の港という感じ

ではなくなってきております。

img_9024

グラバー園はオペラ「蝶々夫人」と

縁が深いといわれています。

園内には作曲家の【プッチーニ】氏の

石像と、蝶々夫人の好演で国際的な

人気オペラ歌手となった【三浦環】さんの

銅像が置かれています。

昔はいきなり噴水がシュパーっと

流れてきて、蝶々夫人の音楽が流れていた

イメージだったのですが…今は違うよう

でした。超高級ソフトクリームを

家族3人で食べながら、長崎観光

パワースポット巡り終了です。

※以下リンクはグラバー園のガイドと

なります。参照ください。

https://www.nagasaki-tabinet.com/s/spot/101/

img_9025

もっと小さい時に兄も一緒に家族四人で

回りたかったな…と思ってしまいました。

昔は忙しく老年期になり、このように家族で

出かけるようになるとは思いもしません

でした。

これからはたまに帰ってくる兄夫婦と私たち

家族三人プラスでいろんなところへ

行けたらいいなと高級ソフトクリームを

食べながら思いにふけりました。

しかし1つ¥500は高い!コーンを

ラングドシャではなくソフトコーンに

変えられないものか…

難しいですね(笑)。今回もグダグダ投稿

すみません。

最後までお付き合いいただきありがとう

ございました!

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください